基本的に、縄文人は戦いません。縄文人は平和主義で、それはもう間違いないです。弥生時代と比べると明らかに違います。弥生時代は戦争ばかりですから、首の無い人骨がいっぱい出てくるんですよ。これに対して縄文ではほとんど無い。たまにちょっと間違って撃っちゃったってのも出てくるけど(笑)。
 縄文になると、もう大型動物は日本列島にはいなくて、狩猟の対象もシカやイノシシが最大ですから、しかも陥し穴で捕獲するのが得意な人たちです。ただ、どうしても旧石器人と戦うとしたら…。弓矢があるので、それでえいっとやるってことですね。まあ、あまり強くないです(笑)。(小林)

 

 沖縄で僅かに出ている旧石器人骨を見ると、体格もその他の特徴も、かなり縄文人に近いということが分かっています。ただし沖縄では骨は出ても石器があまり出ないですから、本州の旧石器人が同じかどうかは、検証できていません。しかし日本列島本州の旧石器人が、どこからか来た縄文人と交替するわけではなく、そのまま縄文人に移行していくので、そこはあまり体格、その他では違いがないだろうと考えられます。旧石器人は狩猟採集民ですが、主に狩猟が主体の生活をしています。その前半期にはかなり大型哺乳類の狩猟も行っています。石器自体はそれほど大きくありませんが、それを先端にいくつも嵌めることで、いくらでも大きいサイズの槍を対象獣に応じて作れます。これが旧石器の狩猟具のコンセプトになります。弓矢はないけれど、おそらく投槍器を用いてかなり遠くに槍を投げることができる。これで大型獣を倒します。もし縄文人と戦うとすると…。こういう槍をばんばん投げて戦うので、強かったと思います。(長ア)

 

 これは縄文勝ちますね。まず女性ですが、縄文時代には土偶があります。これは女性を表している。おっぱいが表現されていて、あとお尻が大きいっていうのが縄文時代の古い段階から晩期まで、ずっと作られ続けます。地母神信仰って言いますけれども、赤ちゃんが生まれるって云うこと自体がおそらく信仰の対象になっていて、妊娠した女性を表している土偶が多い。その土偶もとても美人です。また骨から復元する復顔術によれば、最近イケメンの復元例が多いです。少し前までは南方系が縄文人の起源とする学説が多かったので、少しゴツイ感じで、横幅が長いような復顔が多かったのですが、この5〜6年の間に、DNA人類学の研究から北方系起源の遺伝子もけっこう入っているというデータが出て来て、復顔の方も、例えば富山県の小竹遺跡の例ではかなりイケメンに描かれている。(復顔する人の趣味も入っているのかもしれないですけどね(笑))。イクメンかどうかですが、複数体の人骨が埋葬される合葬例からみると、男性と子供という組み合わせも多いので、子育ても一緒にやっていたのかもしれません。また、子供の手型足型がついた土版があるので、子供を大切にしていたのだと思います (^_^) (小林)

写真:縄文美人「どぐりんちゃん」三鷹市 坂上遺跡出土

 

 
 出土例が少ないので顔はわからないのですが、イケメンってのは顔だけの問題なのでしょうか?人類とサルとの一番大きな違いは直立二足歩行です。直立二足歩行では手が自由になりますね、そのあいた手で何をしたか。アメリカのケント州立大学のC.Owen Lovejoy博士は、あいた手で食糧を女性のもとに運んだと言っています。プレゼントをたくさん女性の前に運べた2足歩行のサルと、片手や、口に咥えてしか持っていけないサルと、どっちがモテたかというと、断然両手が使えるサルですね、そうすると彼は自分の二足歩行の遺伝子をもっと残すことができた。それによって直立二足歩行型のサルが完全に分かれて、ヒトへの道を歩いて行く。要するにヒトはモテないと進化しなかったということになる。女性に優しくできるかどうかというところが、大きな問題だったのではないかということです。そして狩猟採集民では狩猟は男性、採集は女性が担うのですが、寒冷地では植物資源が少ないので狩猟への依存度が高くなる。つまり氷河期の旧石器時代の女性は、採集依存度の高い縄文と比べると女性は少し楽かもしれません。今日ちょっと女性の方が少ないから、勝敗には不利かもしれないですけど(笑)。(長ア)