あのピアスは本当にしていたの?〔私が思うには〕きっとその精神がパンクスへとつながっていたのでしょう。
回答)何だろう。縄文時代。−身体中に血が熱くわきたち、燃え上がる。
すると向こう(注:縄文土器のことです)も燃えあがっている。異様なぶつかりあい。これだ!まさに私にとって日本発見であると同時に、自己発見でもあったのだ。

岡本太郎著「画文集・挑む」1977  

説明)先鋭な芸術センスを持つ人を引きつけて離さない、力強い魅力が、縄文文化にはあるようです。

(太陽の塔(1970岡本太郎)は、ICUの筒形土偶(ICU湯浅記念館に展示中)そっくりにみえますね)。

さて、三鷹の発掘調査にもよく参加する、調査スタッフのM君(実在・本業カメラマン)が、この夏、片耳の耳朶を穿孔した、でっかいピアスを着けていたので、早速リサーチしました。

彼によると、ピアスのサイズを1ゲージ(円周1ミリ・直径約1/3ミリ)大きくするのは、1週間で可能(はじめの3日位はとても痛いそうです)とのこと。三鷹で出土した耳飾の直径は、最大で約18ミリですから、縄文時代に、1ミリの穴を穿孔したとして18週間(4ヶ月足らず)で装着できることになります(急ぐ必要があれば、の話ですが)。

ちなみにM君のサイズは現在25ミリ。市販の金属製ピアスで、これ以上のサイズはないとのこと。これから先は、焼き物で自作するしかない。と述べておりました。

なお、縄文時代には、ピアスばかりでなく、顔面刺青、全身刺青のほか、前歯の抜歯、擦切り等の身体装飾が日常的に行われていたようです。

情 報

調布市下布田遺跡で縄文晩期の耳飾(国重要文化財)が出土しています。

群馬県榛東村(しんとうむら)耳飾り館」茅野遺跡の出土資料(これも国重要文化財)と世界の耳飾りが展示されています。

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