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大沢の遺跡6

〜古墳時代の大沢(1)(横穴墓について)〜
 市内では大沢地区のみに分布し、三鷹市の代表的な遺跡のひとつである横穴墓について紹介します。
 横穴墓は、古墳時代後半(5世紀終わり頃)から奈良時代頃までに造られたお墓です。古墳時代後半は古墳の被葬者が下位階層まで広まる時代で、古墳の小型化・群集化が見られます。そのような状況下で、人工の墳丘に埋葬施設を設ける古墳とは異なり、崖など自然の斜面を横穴状に掘って埋葬施設とする新たな形のお墓として横穴墓が誕生しました。
 大沢を縦断する国分寺崖線(野川沿いの崖)は、横穴墓を造営する自然斜面としては格好の地形であったようです。市内ではこれまでに63基が確認されているほか、分布域は野川上流の国分寺市から下流の調布市・世田谷区にまで及んでいます。これに対して、市内の仙川や神田川沿いにも造営可能な崖はありますが、今のところ発見例はありません。
 ところで横穴墓が造営されるのは、多くの場合、堅い岩石質の崖などですが、国分寺崖線の場合は火山灰(ローム層)の堆積層を基盤としているので、軟弱な地盤です。ここに耐久性のある横穴を掘るには、天井の形態をアーチ形(カマボコ状)やドーム形(半球状)にすることが、上からの土圧に対して最も有効であり、それは現代の一般的なトンネルの形態を見ても理解できます。国分寺崖線の横穴墓のほとんどは、アーチ形・ドーム形の天井を有していて、地域の形態的特徴のひとつとなっていますが、軟弱な地盤に対応するための構造であるとも考えられます。
 もう一つ大きな特徴があります。それは、ほとんどの横穴墓が崖の中腹に見えている東京パミス層(箱根等の火山が噴出した軽石の層)付近の高さに配置されていることです。東京パミス層は、大沢付近の崖面では厚さ10〜20cm程の鮮やかな橙色の層として確認でき、層の高さ付近が年間の最高地下水位になっています。横穴墓の造営にあたり、内部の水はけを考慮し、地下水の及ばない高さの目安として、この層が利用されていたことが考えられます。東京パミス層は「出山横穴墓群8号墓保存・施設」でも見ることができます。
アーチ形の天井形態
(野水橋横穴墓群3号墓)
出山横穴墓群8号墓と東京パミス層
大沢の遺跡7 〜古墳時代の大沢(2)(古墳について)〜