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大沢の遺跡3

〜天文台構内遺跡の発掘調査(縄文時代)〜
 天文台通り拡幅工事に伴う発掘調査での、縄文時代の成果について紹介します。縄文時代の遺物である縄文土器や石器などは、調査区のほぼ全域にわたって発見されていて、それらと共に集石(しゅうせき:石を集めて焼いた調理施設)や炉穴(ろあな:屋外に造られた炉)と呼ばれる遺構も多数発見されていますが、今回調査の最大の注目点は、柄鏡形敷石住居跡(えかがみがたしきいしじゅうきょあと)の発見でしょう。
 縄文時代竪穴住居跡の平面形は円形や隅丸方形が一般的ですが、主体部に柄のような張り出し部が付いた柄鏡のような形のものを柄鏡形住居跡と呼び、更に床面に石が敷かれている場合には柄鏡形敷石住居跡と呼びます。柄鏡形敷石住居跡は、縄文時代中期末から後期初頭に南関東から中部高地を中心に、通例な住居形態があるなかで特異な存在として流行します。多くの場合、張り出し部に甕が埋めてあることが特徴となっています。
 今回発見された住居跡は、天文台正門から約150 m南の斜面に位置します。主体部は長軸5.0 m、短軸3.5 m程の楕円形で、中央には炉があり、周囲に石が散乱していることから石囲い炉であったと思われます。短軸の延長方向(南東)には長さ1.5 m程の張り出し部があります。残念なことに、張り出し部の大半は樹木の根や斜面の崩落によって破壊されていましたが、辛うじて一部に敷石が残っていました。敷石は、平坦な面を上にして、個々の石の大きさ・形に合わせた掘り込みに置かれ、隙間に土を詰めて固定するといった工法により設置されていました。敷石のほかにも、住居跡内に堆積した土の中から、多くの石が発見されています。また、張り出し部の先端付近では、甕を埋めた痕跡と思われる窪みも検出されました。
 柄鏡形敷石住居跡は、気候の急激な冷涼化で山野の資源が減少するなど、環境が大きく変化した時代を背景に現れたと考えられています。そんな厳しい時期に、大沢の人々はどのような生活をしていたのでしょうか。
調査状況写真(北西から:上が張り出し部) 柄鏡形敷石住居跡平面図
大沢の遺跡4 〜天文台構内遺跡の発掘調査(旧石器時代)〜