黒曜石はどこからきた?

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 黒曜石は、マグマが結晶化の前段階で急冷してできた天然のガラスで、鋭利で加工しやすいことから、後期旧石器時代以降、石器の材料として活発に利用されてきました。その産出地は、最も近くても三鷹市域から直線距離で70km以上離れた距離(箱根系)にありますが、市域の遺跡からは黒曜石製の石器がたくさん出土しています。(下記地図参照)
 黒曜石の産地は、その成分の組成比を測定し、原産地のサンプルと比較することで推定することができます。現在は、蛍光X線分析により、資料を破壊することなく測定可能です。市域の遺跡ではこれまでにも少量の分析例がありましたが、平成15年度に行った天文台構内遺跡の整理調査では、旧石器時代に属する黒曜石全点(1300点余り)の産地推定を実施しました。 この結果、関東周辺にある8箇所の原産地から石材が運ばれてきていることがわかりました。文化層毎の傾向では、第5文化層(約2万4千年前)では信州系のものが主体で、少量の高原山産が加わります。第4文化層(約2万2千年前)では信州産はなく、伊豆・箱根系のものが主体となり、ごく少量の神津島産が含まれています。第3文化層(約2万年前)では、信州系のうち麦草峠のものでほぼ占められており、文化層によって石材入手先が大きく異なる傾向がわかります。(下記グラフ参照)
 南関東の遺跡では、第5文化層の時期に信州産の黒曜石が多く、第4文化層の時期に伊豆・箱根系の黒曜石が増える傾向が指摘されており、当遺跡も同様な傾向にあることがわかります。また少量づつ混入する神津島や高原山産の黒曜石は、ナイフ形石器や掻器、角錐状石器といった石器の割合が多く、完成した状態で遺跡に持ち込まれたものと考えられます。
 しかし同一文化層でも、石器の集中部ごとに異なる傾向もみられることから、石器集中部毎に、微妙な時期差や異なる集団の利用がある可能性、また遺跡の機能や性格に違いがあることも考えられるため、今後これらの分析成果を踏まえた、より詳細な検討に期待されています。
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