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奈良・平安時代のみたか

8世紀〜12世紀頃
 
 710年に朝廷が奈良の平城京に移り、奈良時代が始まります。朝廷は律令制度により、農民に対し戸籍をもとに口分田(くぶんでん)を割当て、税を課しました。しかし8世紀中頃になると制度は行き詰まり、開墾地の私有を認めることになります。私有地はやがて荘園(しょうえん)となって発達します。 794年の平安京遷都から平安時代です。荘園領主となった貴族が次第に勢力を強め、やがて律令体制は崩壊します。10世紀頃からは各地の荘園は大きく発達し、荘園を基盤に貴族の社会が繁栄します。また、土地をめぐる争いから財産を守るための武装集団=武士団が形成されます。
 三鷹市では、この時代の資料は今のところ極わずかです。新川地区の島屋敷遺跡の住居跡や土坑、いくつかの遺跡で出土した土師器(はじき)・須恵器(すえき)などが貴重な資料となっています。

1 主な遺跡と遺物
 島屋敷遺跡(新川四丁目)
公団住宅の建替工事に伴う発掘調査において、8世紀頃の住居跡が発見されました(写真)。この時代の住居跡は、今のところ市内唯一のものです。北向きにカマドを備え、床の周囲には溝が巡っています。土師器の甕(かめ)や須恵器の坏(つき)が出土しました。島屋敷遺跡では、他に土師器や須恵器を含む土坑が発見されています。1.5m四方に納まる大きさの穴で、中で火を炊いた痕跡がありました。


島屋敷遺跡の住居跡(8世紀)

2 平安時代の土器が大量出土
 写真は、先に述べた土坑で発見された土師器・須恵器です。坏(つき)と甕(かめ)の破片が主体で、9世紀後半〜10世紀頃のものです。須恵器の生産地は、胎土に含まれる特殊な物質から、南比企(埼玉県)と考えられます。円筒形のものは支脚(しきゃく)と呼ばれ、カマドで煮炊きをする際に、甕などをのせて火にかける道具です。

土師器・須恵器(島屋敷遺跡出土)